TMSNCUのブログ

「複眼的に安保法制を考える名市大院生有志の会」のブログです。

「日米関係史から安保体制を考える」学習会報告です。

1、「日米同盟」という名の宿痾―「サンフランシスコ体制」再考―

 

 今回は、名市大人間文化研究科准教授でアメリカ政治外交史を専門とする

平田雅己先生のお話でした。

タイトルは『「日米同盟」という名の宿痾』。

「宿痾(しゅくあ)」とは、「持病、長い間治らない病気」(『デジタル

大辞泉』より)のことです。

日本が独立を獲得した、1952年の「サンフランシスコ体制」が生み出した、

その後の日本社会の方向性を、今改めて問い直してみる。そんなお話です。

「サンフランシスコ体制」は、1951年9月8日に調印されたサンフランシスコ

講和条約日米安全保障条約によって、日本とアメリカとの間で形成された

二国間安保体制(「日米同盟」関係)のことです。

この体制は、長く戦後日本の「軽武装・経済重視」路線

(=「吉田ドクトリン」)を形成したと評価されてきました。

しかし、本当にそうなのか??

学習会の第一部は、「サンフランシスコ体制」の実相を知ることから

始められました。

 

2、「サンフランシスコ体制」の負の遺産

 平田先生は、ジョン・ダワ―氏の説に依拠しながら「サンフラン

シスコ体制」の負の遺産として、8つの視点を提示してくれました。

第一点は、沖縄問題。本土主権回復のために沖縄を“捨て石”にしたことは、

1947年時の昭和天皇マッカーサーへの発言で明らかです。

そして日本政府は今も、沖縄住民を「二等市民」のように

扱い続けています。現在は「辺野古基地移転」をめぐり、

政府と沖縄県の対立が続きます。

平田先生は、こうした沖縄における米軍基地問題を日本の問題と言います。

日本人の過半数が望む安保体制の維持のためには、在日米軍基地は

必須なのです。しかし、日本人、本土住民はこれまで、その事実を

直視してきただろうか、そんな疑問が湧きました。

第二点は、領土問題。

太平洋戦争の対日講和条約で、日本は領土を接するすべての国(地域)、

ソ連、韓国、中国、台湾と条約を調印しませんでした(片面講和)。

それにより領土問題は今も解決されず、近年その対立は、

さらに激しくなっていると感じられます。例えば「北方領土」問題は、

ヤルタ協定で千島・樺太ソ連領を約束しつつ講和条約では日本領とした、

アメリカの二枚舌外交がきっかけの一つとなっています。

第三点は、在日米軍基地の存在。

米軍基地はアメリカの軍事戦略のネットワークの一環です。

そしてその存在によって日本は、その他の軍事政策の選択肢を失っています。

第四点が、日本の再軍備問題です。

現在日本は、憲法で平和主義を掲げつつ、再軍備が拡大し続ける

矛盾を抱えています。そのため、再軍備の制限を取り除くための改憲は、

際限ないアメリカへの軍事貢献の逆らいがたい圧力にさらされることに

なるかもしれません。

第五点が、歴史認識問題です。

講和条約は、近隣アジア諸国への謝罪と償いを排除した、日本の独立回復を

達成させました。講和条約戦争犯罪は含まれず、戦前の政治家・官僚の

公職復帰が進みました。その結果、アジア諸国と日本の「記憶」は

共有されず、各国の「記憶」がプロパガンダになり、

終わりの見えない「歴史戦争」が引き起こされています。

第六点が反核世論とアメリカの「核の傘」が共存している問題。

第七点が、日本の親米路線と脱亜の思想。

第八点が日米関係の非対称性です。

このように改めて見直してみると「サンフランシスコ体制」は、

現代社会が抱えるさまざまな国内問題、国際問題につながる

起因を生みだしたと考えられます。

では、私たちは、今、これまでの日米関係を検証し、

これからの日米関係をどう築いていこうと考えるか。

そこを考えなければ、現在起こっている様々な議論に答えを

見つけることはできない、というご指摘で平田先生によるご講義は

終了しました。

 

3、未来を見据えて

 21世紀の現代は、これまで「当り前」とされてきたことが

「当り前」ではなくなった時代です。

私たちは、各自が複眼的な視点を持ち、他者との対話を繰り返して、

互いに受け入れられる妥協点を探していく、そうした困難で時間のかかる

気の遠くなるような営みを繰り返して、社会を形成していかなくては

ならない時代に生きています。

そこで第二部では、参加者による意見交流を試みました。

同じことを学んでも、自分とは異なる考え方をする人がいる。

その事実を受けとめて初めて、対話が始まってくるのではないかと

考えました。そのための意見交流です。

今般の学習会では、様々な経験を重ねた参加者が集い、

それぞれの視点からいろいろな意見を出していただきました。

第一部の講義ともに各自がそれぞれに考える種を得ることができたのではと

考えています。

 

まだまだ、運営側の経験、技術ともに拙く、参加者のみなさんの意見が

充分に引き出せたか、と言われれば、大変申し訳なく感じています。

しかし、今後も、多様な人々が多様な意見を自由闊達に交流し合える場を

企画・運営していきたいと考えています。

より多くのみなさんが「複眼的に」考え合う場となるように。