大河内先生に聞く 教えて!憲法 (第1回学習会まとめ)
2015年7月27日に行った第1回学習会の講義内容をわかりやすく
対話形式にまとめなおしたものです。
講師は名古屋大学の大河内美紀先生です。
聞き手は、TMS-NCU世話人の竹内佐和子です。
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◆「立憲主義」ってなに?
竹内(竹):
先生、こんにちは。今日は「憲法と安保関連法案」について
お話をお聞きしたいと思います。
まず今回の安保関連法案で話題になっている「立憲主義」についてです。
ずばり「立憲主義」ってなんですか?
大河内先生(大):
よろしくお願いします。
立憲主義は「法によって権力を縛る」という考え方を指します。
この考えは「中世立憲主義」として成立しました。
さらにそこに「個人の尊重」の価値を含みます。
それは、「近代国民国家」の登場によって、
国家から個人の権利・自由を人権として保障することが
必要になったために生まれた考えです。
フランス人権宣言にその特徴が示されています。
公権力による人権保障が確保されなくてはいけないという考えですか?
大:その通りです。
必要になります。
それらを含んで「近代立憲主義」といいます。
◆ 憲法のなかの「義務」
竹:ということは、憲法を守る義務を負うのは公権力ということですね。
では、憲法第3章の「国民の義務(教育・勤労・納税)」は
どうなりますか?
自民党の憲法改正案でも国民が憲法を守る義務が書かれています。
大:現憲法には、憲法を守るべき人(名宛人(なあてにん))として
「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」(99条)が
示されています。
つまり、国民は憲法を守る側ではなく、守らせる側なのです。
そして、第3章の「国民の義務」は、
国に対する義務ではなく国民の了解のもとで成り立つものと考えられます。
◆ 立憲主義と安保関連法案
竹:わかりました。
では、現在の安保関連法案はこの「立憲主義」に照らすと
どのような問題がありますか?
大:内容の問題として「違憲」という問題点が指摘できますが、それ以前の問題として、今回の法案の提議の仕方等が「非立憲」という問題をもっています。
つまり、国民主権の国家で、憲法を尊重しなくてはいけないはずの
政府の行動が憲法の精神に反しているのです。
竹:憲法改正条項のハードルを下げようとしたり、
閣議決定で自衛権の解釈を変更したり、国民がわかっていなくても
法案採決をしたりといったことですね。
◆ 憲法解釈の変更
竹:ですが、これまでも政府が憲法解釈を変更することはありました。
それとは違いますか?
大:違います。
確かにこれまでも憲法解釈の変更は行われてきました。
また、行政権の執行のためには適切な憲法解釈は必要でもあります。
しかし一方で、国会等の議論を経て既に定着している解釈の変更は
難しいというのが通説です。
つまり、9条に関しては「我が国が自国の平和と安全を維持し、
その存立を全うするために必要な自衛のための必要最小限度の実力」(1972年)
という定着した“枠”が存在すると考えられています。
今回の法案はこの“枠”を変更する内容を含んでいるのです。
◆ 安保関連法案は“枠”の逸脱
大:ただし、政府も“枠”の変更が難しいことは自覚し、
現在安倍政権は、“枠”の「変更ではない」という立場をとっています。
竹:つまり、安保関連法案は「日本の存立を全うするための
自衛のための必要最小限の措置」であるということですね。
う~ん、そうかなあ??
*存立:成り立っていくこと。たちゆくこと。
大:ポイントは「自衛のための必要最小限」という部分です。
してきました。
とはいえ、自衛隊の海外派遣は実際にはある。
ではそこで、憲法解釈の“枠”を保持するためにPKO協力法制定の際どうしたのか?
それが、他国の「武力行使と一体化しない」論の登場です。
つまり、今回の周辺事態安全確保法改正・重要影響事態法案と自衛隊法改正による
「武力行使と一体化しない」要件の緩和は、
これまでの9条の”枠を維持するために形成した
「論」の排除”と考えられます。
竹:つまり今回の法案の問題点は、これまで形成してきた「自衛」の“枠”を
超えてしまう内容だということですね。
もう一つ、武力攻撃事態法の改正による「武力行使の新3要件」は
集団的自衛権行使のための要件の改正と考えられていますよね?
大:そうです。「我が国の存立が脅かされ」ている状態に
「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し」た事態が
加えられました。
これは集団的自衛権の行使に当たります。
と言えます。
◆ まとめ
竹:まとめると、今回の安保法案をめぐる憲法問題は、
①そもそも憲法9条によって集団的自衛権は認められていないにも関わらず、
それを可能とする内容を含んでいるという点。
②これまでの憲法解釈によって定着してきた「自衛」の“枠”である
他国の「武力行使と一体化しない」論を排除している点。
③法案成立に向けた政府の非立憲的態度と行為
この3点が中心ですね。
安全保障についての考えは、人それぞれ違っていると思います。
ですが、国民主権や人権尊重といった
現在の国家体制の根本となる考えを否定する可能性をもつのが、
現法案の成立過程だとわかりました。
大:今「立憲主義の危機」が言われています。
主権者としての国民のあり方が大切です。
竹:ありがとうございました。
一人ひとりの力は小さくても、国民一人一人の行動が問われているのだということが
わかりました!
大河内(おおこうち)美紀(みのり)先生:名古屋大学教授 (憲法学)。
主要著作に『憲法解釈方法論の再構成――合衆国における原意主義論争を素材として』
日本評論社、2010年、 など。
*TMS-NCU(複眼的に安保法制を考える名市大院生有志の会)主催の学習会(2015/7/27)での講義内容を対話形式に纏め直したものです。大河内先生には、憲法研究者〈全国出前講師団〉として講師を引き受けて下さり、今般の学習会を行うことができました。感謝申し上げます。(文責:竹内佐和子)